信陽の野営の夢に母が出て
風邪熱明日は下がるよと言う
肌着が汗で濡れていたので、着替えて横になった。何時しか眠りに入った。今度は伊達駅前山下町の親友がまくら元に座って語り出した。暫くお便りがないので母に話したら、そんなに心配なら明日稀府の唯木様の祈祷師の所に行って事情を話して聞いて見なさいと、母が言うので行って来た。祈祷していただいたところ、今風邪をひいているけど、もう大丈夫だよ、お守りをあげるからすぐに送りなさい。蛇は殺さないようにつたえなさいと言われて、今朝お守りを送りましたから身につけて下さい、と言われたところで目がさめた。またも夢だった。
なんとなく気になる。古里でなにか変わった事でもと心配になった。でも、良いことに考えることにした。寝汗もかいていない。何となく気分も良い。体が軽くなって元気も出て来たように感じた。もう朝だ、早く古尾号にも元気になった自分を見せてやりたいと思った。
続いての夢○○○さんお便りに
お守り入れた蛇殺すなと
夢は正夢であって欲しいことを願った。上官や先輩、同年兵、みんながよかった、良かったと言って、でも無理するな、大事になと喜んでくれた。この日の朝は古尾号も昨夕迄とは違ってうれしそうに大麦を食べてくれた。私はこの日から 乗馬しないで歩行中は兵馬にふまれて死んだ蛇を見つけると、手に取って草原になげてやった。何日も同じことをやっていたら、部隊長殿が、「風邪は快復してよかったが、今度は頭が変になったのでこまるよ」と言うので、「そうでしょうか」と答えて二つの夢の事は語らなかった。数日後に夢の事を話したら、「蛇、殺すなと言ってお守りを送ってくれたのは婚約女性か」と言うので、私は「戦時中は婚約しません、戦死したら一人の女性を犠牲にする事は耐えられませんから」と言った。「咲間には毎月のように便りをくれる女性の名も多いから」と言って、部隊長殿にひやかしのように言われてしまった。戦闘が終わって駐屯地に帰って、多くの便りの中から気になっていた二通を真っ先に読んだ。どちらにも夢と同じ事が書いてあった。本当に正夢ってあるんだと信ずる事にした。
信陽の野営の夢と同じこと
書かれた便りくり返し読む
多くの人から戴いたお守りは再三の召集にも身につけて過ごした。お守りを信じて身につけた事には、今も変わりない心で過ごしている。人間が現世に生き過ごすには何かを信ずることが大切だと考えている。敗戦後にお守りは、近くの神社のお守りは持参してお礼を言って各神社に、遠地の神社のお守りは伊達の鹿島国足神社(現伊達神社)に納めた。大塚様から戴いた地神社のお守りだけは自宅の神棚に大切に祀ってある。古くなって多くの穴もあいてしまったので、うら張りをして永く保存しようと考えている。
※古尾号....咲間さんが当時世話していた馬。咲間さんは馬などで武器や食料を輸送する輜重(しちょう)兵で、馬の世話が仕事の一つだった。
Edited by じゅんか 2009-06-02 21:48:55
Last Modified 2009-06-02 22:20:51